手賀沼を巡る旅ガイドを実体験!おすすめのぶら歩き「手賀沼南西編」

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「TeGaマップ」に紹介されたコースを実際に歩いて紹介しています。

今回は、手賀沼の南西方面。

手賀沼を望む自然と歴史を辿る約5kmの散歩コースです。

私は手賀沼の南側にこれほど史跡が残っているとは思いませんでした。

森の中へ入ったり手賀沼沿いを歩いたりして、ゴールの道の駅しょうなんまで1時間ほどでしたが、意外とあっという間でした。

それでは、チェックポイントとともに史跡の簡単な紹介をしましょう。

スタートは、JR柏駅東口から阪東バス大津が丘団地行きに乗って15分、エリカ前バス停です。

 

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妙照寺

エリカ前バス停で下車したところは国道16号線なので、進行方向左前のマンションの中を通り抜け国道の下を通る道に出て、手賀沼方面へ歩きます。

正面に見える最初の信号まで歩いたらで右、緩やかな坂を上って左手に妙照寺があります。

バス停から妙照寺までは、開けた道で遠く感じてましたが、歩いてみたら15分でした。

さて、最初のチェックポイントの日蓮宗妙照寺。

西暦810年の建立で、当初は真言宗だったそうです。

何やら開山した日辨上人という真言宗の僧が、日蓮大聖人と法論をして敗れ、それ以降大聖人の弟子になったことで日蓮宗になったそうです。

現在の本堂は、老朽化によって1972年に再建されたものですが、樹齢750年の大杉が歴史を物語っています。他にも銅像や石像があり、私は見ごたえあるところだと思いました。

 

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車ノ前五輪塔

妙照寺から信号の手前まで戻って細道を右へ曲がり、工場の右手の坂を上ってハウスのある十字路を右、畑の中を横切ると右手の森に車ノ前五輪塔がありました。

妙照寺からは約500m、6分でした。

五輪塔の五輪とは、空、風、火、水、地を表し、中国から伝わった仏教思想なのだそうです。

平安時代に具現化され、鎌倉時代に完成したと言われています。

五輪塔は160mほどの白色花崗岩で出来た武人の墓とのこと。

平将門の子孫が建立したとの記録があります。

 

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福満寺

畑を過ぎると左手前方に香取神社の鳥居が見え、隣に福満寺の鐘桜門。

神社と鐘桜門の間を下ると左手に福満寺本堂があります。五輪塔から10分でした。

境内の広い趣ある福満寺。奈良時代に創建されたと言われています。

こちらも平将門ゆかりの寺だそうです。

私は、この地域にこれほど平将門にまつわる史跡があると知りませんでした。

 

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阿弥陀様板碑

福満寺を出てT字路を右、次の分岐も右。

次を左へ進むと左前方に城の民家が見え、右手の道路に出ます。

左へ行くと左手に空き地、その奥の祠に阿弥陀様板碑がありました。

福満寺からは10分くらいで着きました。

まさか、祠の中とは!ちょっと探してしまうかもしれませんよ。

高さ125センチの阿弥陀様板碑は、鎌倉時代末期のものとの言い伝えで、武士を中心とした人々の供養のための石碑です。

どこのどなたか存じませんが、お墓参りをしたということですね。

 

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船戸古墳群

船戸古墳は40基もあるそうです。

私有地で中に入ることが出来ませんでしたが、埋葬品が発掘された貴重なものだと聞くと、敷地に入って見たかったですね。

古墳というのは小高い丘のように見えて現代人には凄さを感じないかもしれませんが、昔の人にとっては権力の証です。

手賀沼周辺には古墳がたくさん発見されていますから、本当に古くから人の営みがあったということが垣間見えます。

船戸古墳群は、阿弥陀様板碑から坂の少し手前あたり右手の小道に入ると林の中にあります。

 

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箕輪城跡

もとの坂道を進むと手賀沼が見えます。

坂を下って道路を左へ曲がってからすぐ右へ曲がり、手賀沼の土手に向かいました。

土手を手賀大橋の見える方へ歩き、右手の森に手賀沼病院が見えたら、土手を下って病院の看板に従って進みます。

病院入り口にあるのが箕輪城跡で、ここまでは少し歩きましたね。25分でした。

箕輪城跡はまだ名残がありました。

土塁と空堀によって「田」の字形に四つの郭を配して、それぞれ土塁で繋いでいます。

現在は、手賀沼病院が建ったことによって消滅している部分もありますが、この土塁と空堀は1980年まで完全な形で残っていたそうですよ。

素人目では、本郭は全くわかりませんが、2郭はなんとなくわかります。

手賀沼病院と駐車場の間の道をまっすぐ行った突き当りに階段がありまして、その右側が現存エリアでしょう。

高台から手賀沼の船を監視するにはちょうど良い場所だったことがうかがえます。

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道の駅しょうなん

箕輪城跡からもとの土手へ戻り右へ向かって10分程度。

道の駅しょうなんに到着しました。

手賀沼が一望出来て買い物も出来ました。

レストランもあるので手ぶらで出かけても大丈夫ですよ。

2020年11月現在、隣の敷地で工事が進んでいて、道の駅は更に大きくなります。

当初予定では、2021年1月完成ですので、楽しみに待ちましょう。

 

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散歩後記(まとめ)

道の駅しょうなんからバスに乗車し、手賀大橋から広い手賀沼を眺めながらJR我孫子駅へ出て帰りました。

手賀沼を巡る旅ガイドの通りに歩く企画も今回で3回目。

マップで紹介された手賀沼の南側全てを歩き切りました。

バスに揺られて我孫子へ向かい道中、ふと思ったことがありました。

「なぜ、白樺派の文豪たちや嘉納治五郎は手賀沼の北側に住んだのだろうか?」

昔に思いを馳せながら歩いた手賀沼の南側も、沼から高台へ上る地形は決して悪くないのです。

文献を読み漁り出た結論は、南側では味わえないことがあったからでした。

その答えは、「太陽が水面に映る絶景を見るため」でした。

確かに、小学生のころに何となく手賀沼公園で見た夕日は今でも覚えています。

もう一つ。天気の良い日は、今でも手賀沼越しに富士山が見えるんです!

今回は、とてもよい気づきを得た散歩になりました。

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