我孫子市役所へ行く用事が出来まして、順番待ちの際に面白そうなガイドを見つけました。
その名も「ふるさと手賀沼を巡る旅ガイド、TeGaマップ」
我孫子市と柏市の協同制作で、手賀沼周辺の散歩コースを提案した地図です。
6つのプランがあり、手賀沼と手賀沼周辺の歴史を探訪する内容です。
ちょっと興味がありましたので、ひとつのコースを実際に歩いてみました。
古墳から寺、神社、教会まで、古い建築物を見ることが出来る散歩コースでした。
手賀沼の田園風景の中の歴史を訪ねるコースを歩いてみた
このコースは、柏市の南東、柏市手賀を中心としたコースです。
チェックポイントは、以下の通りです。
弘誓院(ぐぜいいん)⇒手賀の丘公園⇒北の作古墳
⇒南蔵院⇒興福院⇒旧手賀教会堂⇒新手賀教会堂
⇒香取鳥見神社⇒手賀川⇒曙橋⇒手賀の丘公園
全行程を歩くと3時間半との情報です。
私の考察では、このコースは田園というよりは林間コース。
確かにその横は田園ですけど。もう歩いてみるしかない!
スタート地点は柳戸バス停 柏駅から20分
9:40JR柏駅東口から東武バス手賀の丘公園行きに乗車。
もスタート地点の柳戸バス停には10:05到着。25分でした。
木に囲まれた道路は、独特の雰囲気があります。
バス停から東へ50mほど歩いた最初の路地を左、すぐにY字路があるので、そこを右。
細い曲がり坂を下りきったところに熊野神社があり、その先に弘誓院があります。
ひっそりとした森の中にどっしりと構えた本殿を眺めていると何だか落ち着きます。
弘誓院は、真言宗豊山派の寺院
正式名称は、蓬莱山弘誓院福万寺。
西暦900年代に行基という僧が開山したと伝えられている寺です。
バス停の名前にもなっている柳戸では、昔から柳戸の観音様として有名なのだそうです。
バス停から弘誓院までは、徒歩13分でした。
手賀の丘公園で最初の休憩
弘誓院からバス通りに戻り、東へ進むと農協が見えてきます。
農協を過ぎて最初の信号を左に曲がり、5分ほど歩くと手賀の丘公園です。
弘誓院から公園までは20分。
飲み物の自販機もありますので、トイレ休憩をしました。
とても広くて綺麗な公園です。
ちょっと公園も歩こうなどと考えると、30分は間違いなく消費します。
今回は我慢して先に進みました。
北の作古墳はどこにある!?マジか!獣道の先に歴史あり
手賀の丘公園を出発し、道なりに坂を下ります。
そのまま行くと手賀沼方面ですが、曲がらずに細道の方へ真っ直ぐ歩きます。
その先の十字路もそのまま真っ直ぐ歩き、坂を上りきったら左に。
車1台通るのがギリギリな細道で不安になりましたが、
突き当りまで行くと左手に霊園、前に駐車場があります。
その駐車場の右奥に、沼南町教育委員会が立てた目印があります。
(沼南町:柏市に合併する前の東葛飾郡沼南町のことです)
え?どこ?この目印以外は何もありません。
勇気を出して獣道に入り65歩。ありました!北の作古墳。
手賀の丘公園から徒歩16分。TeGaマップの通りでした。
北の作古墳は、人工的手入れは垣間見えず静かです。
見た目は丸い山のように見えますが、方墳とのこと。
1号墳と2号墳があり、過去の調査でどちらの古墳からも埋葬品が出土されたそうです。
それにしても、散歩コースにしては、なかなか険しいところを選んだなあと思いました。
私が獣道に入ったときは、太めの蜘蛛の巣がありました。
私は見事に引っかかってしまったので、皆さんは、気を付けて下さいね。
南蔵院は古墳から10分
北の作古墳は行き止まりなので、道をもとに戻ります。
幅広の道に出たら右に行くと南蔵院が見えてきます。
正式名は、禅林山慈恩寺南蔵院。
弘誓院と同じ真言宗豊山派の寺院です。
この後に行った興福院の隠居寺として鎌倉時代末頃に創建されたそうです。
檀家が奉納したと伝わる「六道図」といういわゆる追善供養のための江戸時代の地獄絵があるそうです。
お墓がある静かなお寺でした。
興福院に行く道はなかなか難しい
南蔵院山門手前を左へ行き、民家の中を進みます。
左手に手沼の対岸が見えてくると道が3つに分かれます。
この正面を進み、右手に焦点、左に防火水槽のある十字路を左へ行くと興福院に到着。
ちょっと迷ったので、南蔵院からは16分でした。
興福院も真言宗豊山派だった!手賀城跡の名残も感じられる良い場所
何故だかわかりませんが、このお寺は、Google MAPに出ていないのです。
しかも、道も複雑でたどり着くのもちょっと苦労します。
とはいえ、到着してみると、なかなか歴史ある良い寺で、手賀城跡の敷地内。
行く価値はあります。
無形民俗文化財の手賀ばやしの紹介や、祭礼の際に集まった時に力比べをした時の力石があるなど、手賀地区の方々が集ったことを感じられます。
旧手賀教会堂は超わかりやすい!でも。
興福院本堂の右わきを抜けて車道を突っ切ったところに旧手賀教会堂の案内看板があります。
その小道に入って正面に旧手賀教会堂があります。
興福院から10分でした。
旧手賀教会堂は、首都圏内最古のギリシア正教の教会です。
私が散歩した2020年10月上旬は、旧手賀教会堂の前にフェンスが張られていました。
中が見れずに残念ですが、クラウドファンディングの寄付により、2021年3月まで復旧工事を行っているそうです。
千葉県指定文化財としても登録されていますので、また見に行きたいです。
新手賀教会はどこに?!
旧手賀教会から道にありに歩き、坂を下りきったところを右。
谷津田を横切り再び台地を上ります。
坂を上りきったあたりを左へ行くと新手賀教会堂。
ということだったのですが、最後の左へ行く道がわかりにくい!
地元の方に聞いて道順がわかった次第。手賀狸穴公園の隣でした。
旧手賀教会堂からは16分でした。
新手賀教会は1974年に完成
もともと旧手賀教会を移設する予定だったそうです。
移設の話が出たことで、旧沼南町が文化財として買い上げる判断をしたことにより、現在の新手賀教会を作ることになったそうです。
聖堂と信徒館に分かれていて、昭和感漂うたたずまいでした。
香取鳥見神社まで歩いて40分。ちょっと疲れが出ました。
「TeGaマップ」では細かく説明していますが、以外と単純な道順でした。
車がすれ違うことが出来る広い道に出たら左に行くと正面に香取鳥見神社の鳥居が見えます。
香取鳥見神社は698年創立の歴史ある神社
なかなか情報の少ない神社なのです。
698年に大干害で作物が枯れ、当時の人々は大変ご苦労されたと地元の方に聞きました。
大干害がきっかけで、五穀豊穣を願って出来たのが香取鳥見神社だそうです。
手賀川に沿って帰ろう
香取鳥見神社から北へ進むと、やや急な坂を下りたとたんに広大な手賀沼の景色が目に入ります。
道の正面は手賀川。
この川沿いの土手の上に遊歩道があるので、曙橋まで景色を眺めながら歩きました。
曙橋を背にして南に向かい、突き当りを右、400mほど歩いたところを左に曲がると、手賀の公園に戻ります。
神社から公園までは65分かかりました。
ここまでずっと細い道を歩き続けてきたので、手賀川の土手は非常に開放的で心地よかったです。
手賀沼の田園風景の中の歴史まとめ
実際に歩いてみますと、柳戸バス停から史跡を回ってゴールの手賀の丘公園に到着したのは14:30でした。休憩を抜くと、3時間20分歩いたことになります。
アップダウンが多いコースで、小学生のお子様には残念ながらちょっと向いていない感じ。
しかし、歴史に興味があるシニア世代にはバッチリはまったコースであることがわかりました。
時期を見て、「TeGaマップ」に紹介されている他のコースも歩いてみようと思います。
「手賀沼を巡る旅ガイドの通りに歩いてみた その2」と題して紹介しますね。
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